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「体力は落ちるが、技術は上がる」、49歳まで現役を続けた山本昌の哲学

最も長く現役を続けた日本人選手、その秘密はどこにあったのか。

■若手と同じ本数をこなしてきた

 このメニューは二軍にいる期間も続けました。加齢とともにスピードは落ちてきますが、本数だけは若い選手と同じだけの量をこなしてきました。

 さらに、45歳を越えたあたりからは、自分の体を客観的に見て「毎日、体を動かしていないといいパフォーマンスができなくなる。体も壊れてしまう」と理解したので、シーズオフは3日くらいしか休まず、あとは年間通して少なからず体を動かし続けていました。「それが、俺がプロ野球で生き残れる道なんだ」と、自分自身に言い聞かせていました。

 人はそれを「努力」と評価してくれますが、私から言わせれば「努力のうちに入るのか?」と。
 自分では「普通」だと思いながら続けていましたし、40歳を越えてもプロとして契約していただいている以上は無責任なことはできない。そういった感情も自分を突き動かしていたことは事実です。

 歳を重ねれば体力は落ちる。その代わり技術は高まる。私は、引退する時が一番技術を持っていたと自負しています。要するに、落ちた体力を技術でカバーする。そして、地道な作業を怠らない。これこそ、私が50歳までプロ野球選手でいられた要因だと思います。

 ただ、引退した今は、おかげさまで忙しく仕事をさせていただいているため、なかなか体を動かせていません。時間に余裕があるときにウォーキングするのが精いっぱいです。これからは、そのあたりの生活習慣も改善していきたいものです。

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山本 昌

やまもと まさ

1965年8月11日、東京都生まれ。神奈川・日大藤沢高から83年秋のドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。プロ5年目、88年の米国への野球留学をきっかけに飛躍し、同年8月プロ初勝利。以後はスクリューボールを武器に活躍する。93年に最多勝利、最優秀防御率のタイトルを獲得すると、翌94年には連続最多勝利と沢村賞に輝く。97年にも最多勝利。2006年9月16日対阪神戦でプロ野球史上最年長の41歳1カ月でノーヒットノーラン、08年8月4日の巨人戦で史上24人目となる通算200勝を樹立。通算581試合に登板し219勝165敗。


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